水道局の外壁
郊外にある水道局の外壁に、
古い写真が飾ってあった。
そこの場所にはとても思えない写真だったので、
よく見てみると、どうやらその写真は
今もナベトロの置いてある西谷浄水場の
はるか昔の写真だった。
http://kidoushimatsuki.cocolog-nifty.com/blog/2007/03/post_0ea7.html
ほう、西谷には今も建物が残っていたのか。
よく見ていなかったが、また今度訪れてみよう。
さて、その外壁を右に進むと、更に写真が続く。
当時の工事風景だな。
機械なんてなかった時代なんで、すべて手作業だ。
物づくりの原点だ。
根気と忍耐のいる作業だったに違いない。
横浜鉄道停車場と言っても今の横浜駅ではないな。
関内駅と名を変える前の旧横浜駅であろう。
うーん、優雅な時代だったなあ。
なんでも合理的にしてしまう現代とは違い、
当時の人々の心意気が感じられる。
もし戦争がなかったら、
重厚な都市文化を作っていたに違いない。
返す返すも残念である。
吉田橋かあ。
この橋の下の川は、
今は首都高速道路となってしまった。
三井用水取水所とは今で言うと
いったいどこの場所になるのだろう。
出ました。当時の軌道の写真が。
実は今もこの軌道の一部が残っているんですよ。
http://kidoushimatsuki.cocolog-nifty.com/blog/2008/08/index.html
さらに歴史を遡れば、水は担いで売っていたのでした。
今のミネラルウオーターを買う感覚かな。
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